東京地方裁判所 平成10年(ワ)3032号 判決 2000年7月18日
原告
株式会社湘南合成樹脂製作所
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
福岡清
同
平田厚
同
川上俊宏
右訴訟復代理人弁護士
石原康人
被告
管水工業株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
小此木清
右補佐人弁理士
【C】
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙製品目録記載のカッター(以下「被告カッター」という。)を製造してはならない。
二 被告は、その占有に係る被告カッターを廃棄せよ。
三 被告は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の要領で、日本経済新聞社東京本社発行の日本経済新聞の全国版朝刊に、別紙掲載条件記載の条件で一回掲載せよ。
第二事案の概要
本件は、カッターについての特許権を有する原告が、被告が製造しているカッターは原告の右特許権を侵害するものであるとして、被告に対し、その製造の差止め、製造されたカッターの廃棄及び謝罪広告の掲載を請求している事案である。
一 争いのない事実等(証拠等により認定したものについては末尾に認定に用いた証拠等を掲げた。)
1 原告は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その請求項一の発明を「本件特許発明」という。)を有している。
記
特許番号 第二六〇〇〇四八号
発明の名称 カッター
出願年月日 平成五年二月二二日
公開年月日 平成六年一〇月二五日
登録年月日 平成九年一月二九日
2 本件特許権に係る明細書(補正後のもの。以下「本件明細書」という。)における請求項一の「特許請求の範囲」欄の記載は、次のとおりである。
「切削面を外側にして回転軸方向に配される二枚の円板状サンディングディスクの間に、その外周面が切削面を成す円板状のワイヤーブラシ、ダイヤモンドグレード、金属板、布板又は砥石で構成される支持板を挟み込み、前記一方のサンディングディスクの中心部に突出するテーパ型リーマ又はドリルを取り付け、該テーパ型リーマ又はドリルと前記サンディングディスク及び支持板を回転軸方向に組み付けて構成されることを特徴とするカッター」
3 原告は、ICPブリース工法として、本件特許権を含む多数の関連特許を保有・出願しており、それらの特許権、ノウハウを使用して下水道管更生工事を行っている。(弁論の全趣旨)
ICPブリース工法とは、地面を掘削することなく既設本管及び取付内に熱硬化性樹脂を含浸させたライニング剤を反転挿入し、硬化させることにより、老朽化した下水道管の中に本管と取付管とが一体となった新しい下水道管を短時間でしかも経済的に作ることを可能とした工法である。(甲七)
4 本件特許発明の構成要件を分説すると、次のとおりである(以下、分説された各構成要件をその符号に従い「構成要件A」のように表記する。)。
A 切削面を外側にして回転軸方向に配される二枚の円板状サンディングディスクの間に、その外周面が切削面をなす円板状のワイヤーブラシ、ダイヤモンドグレード、金属板、布板又は砥石で構成される支持板を挟み込むこと
B 前記一方のサンディングディスクの中心部に突出するテーパ型リーマ又はドリルを取り付けること
C テーパ型リーマ又はドリルと前記サンディングディスク及び支持板を回転軸方向に組み付けて構成されること
5 被告カッターの構成を分説すると、次のとおりである(以下、分説された各構成をその符号に従い「構成a」のように表記する。)。
a 回転軸方向に配される二枚の円板状サンディングディスクの間に、厚さ二・八㎜程度の円板状の金属板で構成される支持板を挟み込むこと
b 前記一方のサンディングディスクの中心部に突出するテーパ型リーマを取り付けること
c テーパ型リーマと前記サンディングディスク及び支持板を回転軸方向に組み付けて構成されること
6 被告は、被告カッターを製造し、使用している(弁論の全趣旨)。
二 争点
被告カッターが本件特許発明の技術的範囲に属するか否かに関し、構成要件Aと構成aとの対比において、被告カッターの金属板外周面が構成要件Aにいう「切削面をなす」ものといえるかどうか。
三 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 本件特許発明は、金属板の厚さを要件としておらず、およそ二枚のサンディングディスクの間に金属板を挟み込む構成自体が本件特許発明の構成要件を含んでいる。そもそも、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の範囲の記載に基づいて定めなければならないが(特許法七〇条)、右特許請求の範囲の記載において、外周面が鋸歯やその他の任意の形状を有する金属板は当然含まれるものであり、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄は実施例の最も好適な形態を記載したものにすぎない。
(二) 金属板の目的及び機能に関しては、実際に切削機能を有しているか否かが重要であり、仮にサンディングディスクの破損を防止するための補強材として金属板を挟み込んだとしても、本件特許発明の構成要件に含まれることに変わりがない。
(三) 現に、原告は、外周面が平滑な円形金属板であっても被加工物が硬化樹脂製のライニング材である場合には、円形金属板の平滑な外周面は切削面を構成することを実験によって実証している。すなわち、弁理士【D】作成の平成一〇年四月三〇日付け鑑定書及び同年六月二六日付け意見書に記載しているとおり、被告カッターと同様のカッター(支持板として外周面が平滑である円形金属板を用いたもの)を製造し、これをモータ軸に取り付けて所定の速度で回転駆動して管ライニング材を実際に切削したところ、十分な切削能力を有することが明らかになっている。
2 被告の主張
(一) 本件明細書には、円板状の単なる金属板の外周面が切削面をなす旨の記載はなく、むしろ「発明の詳細な説明」欄の「支持板が金属板や布板で構成される場合には、その外周面に研磨材が接着される。」という記載からみて、単なる円板状の金属板の外周面は切削面を構成しないことが消極的に記載されている。
したがって、本件特許発明の構成要件Aにいう「外周面が切削面をなす円板状の支持板」とは、金属板の場合、その外周面に何らかの加工、具体的には本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載されている実施例のように研磨剤を接着させたものをいうと解すべきである。
(二) 被告カッターは、外周面が平滑な単なる金属板を補強用としてサンディングディスクの間に挟み込んだものであり、金属板の厚さは約二・八㎜である。このような構造では、管ライニング材を切削することはできないし、そもそも被告カッターは金属板の外周面で切削することを目的としていない。被告カッターは、本件特許発明と構成、作用効果及び形状を異にするもので、少なくとも構成要件Aを満たさない。
(三) 原告は、前記1(三)記載の実験において、単なる金属板でも管ライニング材を切削できることを示そうと欲するあまり、通常八〇〇〇rpm(一分間当たりの回転数)以上とされるグラインダ用モータを使用して金属板を高速回転させているようであるが、被告カッターの回転数は一三六〇rpm程度である。本件特許発明は、カッターの回転数を特定するものではないが、長時間かけて管ライニング材に金属板によるわずかな切削痕が確認されたことをもって容易に切削がされていると言えるか疑問である。
第三争点に対する判断
一 構成要件Aにいう「その外周面が切削面をなす」ことの意義について
1 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載によれば、本件特許発明の対象であるカッターは管ライニング材に孔あけを施す工具であり、特にカッターの支持板外周面の切削面は管ライニング材を切削するための加工面を形成していることが明らかである。そして、本件明細書には右の切削面につき特別の加工条件を必要とする旨の記載はないから、この切削面とは、通常の加工条件をもって管ライニング材を切削できる機能を有する面を指すものと解される。
2 そこで、「切削加工」の意義について検討するに、本件明細書にはその定義が記載されていないので用語の一般的な意味によるのが相当であるところ、丙三八号証(精機学会編「新訂精密工学便覧」)によれば、狭義においては「バイト・フライス・ドリル・ブローチなどの切削工具を用い、切りくずを出しながら加工する方法」を、広義においては「加工材に対し機械的な力を作用させてこれを局部的に破砕し、切りくず(一般的には破砕片)を出しながら加工物を希望の形状・寸法・仕上面あらさに加工する加工法の総称」をいうものと認められる。本件では、支持板は砥石等から構成されるのであるから(本件明細書の「特許請求の範囲」欄を参照)、ここでいう「切削」とは広義の意味のものを指すことが明らかである。
3 以上の検討によれば、構成要件Aにいう「切削面」とは、通常の加工条件をもって管ライニング材に対し機械的な力を作用させてこれを局部的に破砕し、切りくずを出しながら加工を行う機能を有する面をいうものと解するのが相当である。
これに対して、原告は外周面が鋸歯やその他の任意の形状を有する金属板であっても切削する機能を有していれば「切削面」に該当する旨主張する。しかし、被告カッターの支持板は円板状の金属板であり、その外周面は単なる金属表面であるから、これを回転させながら管ライニング材に押し付けたときにその加工面が局部的に破砕を起こし、これが切りくずとなって排出されて加工が行われるとは通常の技術常識をもってしては認めることができない。ただ、一般的には右のように考えられるとしても、被告カッターの金属板の外周面が事実として前記2にいう切削機能を持つのであれば、例外的に「切削面」に当たるといってよいものと解される。
なお、被告は「切削面をなす」といえるためには、本件明細書の実施例にあるように金属板の外周面に研磨材を接着させる必要がある旨主張するが、切削面の意義は前記のとおりであって、それ自体一義的なものである上に、特許発明の技術的範囲を定めるために「発明の詳細な説明」の記載を参酌しなければならないといっても、本件特許発明については実施例に限定しなければならないほどにその構成が明瞭でないとはいえないから、右被告の主張は採用できない。
二 原告が行った被告カッターによる切削の実験について
1 右に説示したとおり、被告カッターの金属板の外周面は一般的には「切削面」に当たるとは言い難いが、「通常の加工条件をもって管ライニング材に対し機械的な力を作用させてこれを局部的に破砕し、切りくずを出しながら加工を行える機能」を有することが証明されるのであれば、例外的に「切削面」であると認めて差し支えないところ、原告は被告カッターが右にいう切削機能を有することは弁理士【D】の行った実験により証明されている旨主張し、それを証するものとして右実験の結果等を記載した同人作成の平成一〇年四月三〇日付け鑑定書(甲一九。以下、単に「鑑定書」という。)及び同年六月二六日付け意見書(甲二三。以下、単に「意見書」という。)を提出する。
2 まず、鑑定書記載の実験についてみるに、この実験の経過を表す資料として添付された写真1ないし5によれば、実験の内容及び結果は支持板として外周面が平滑である円形金属板を用いた被告カッター類似のカッターを作製し、板状の硬化樹脂製管ライニング材の表面に一定の回転数で駆動させた右カッターを押し付けて切削を試みたところ、右管ライニング材に切削跡が生じたことが確認されたというものである。
しかし、右実験における加工の形態は、板の表面を加工するという点において本件特許発明の意図する管ライニング材の端面から加工するという形態と異なっている(本件明細書末尾の図9参照)。さらに、前記写真4には切削跡と称する部分の周辺に切りくず状の粉が認められるものの、右実験においてはカッターの側面全体を押し付けるのであるから、金属板を押し付けられた板材が塑性変形し又は摩擦熱により熱変形することによって金属板の両面に盛り上がり、これをサンディングディスクが削り取った可能性も否定できず、右の粉をもって金属板の外周面が管ライニング材を切削したことによって生成された切りくずであると認めることはできない。なお、意見書には、鑑定書記載の実験ではサンディングディスクは一切使用されていない旨の記載があるが(五頁)、鑑定書添付の写真1及び2による限りは金属板の両側にサンディングディスクが設けられているように見える上に、右写真4の切削跡と称する部分にはその両側に窪みが認められ、平滑な金属板による切削によってこのような窪みが生じることは考えにくいことから、右意見書の記載には疑問がある(仮に、右記載のとおりサンディングディスクが使用されていないとしても、実験の結果が十分な根拠を持たないことは、次項で述べるのと同様である。)。
3 次に、意見書記載の実験についてみるに、その末尾添付の写真1ないし8によれば、実験の内容及び結果はダイヤモンドグレード歯を有する円板(板厚二・一㎜)、厚さの異なる金属板三枚(板厚がそれぞれ二・二七㎜、一・五六㎜、〇・八〇㎜)、二枚のサンディングディスクで右板厚二・二七㎜の金属板を挟み込んだ円板でそれぞれ構成されるカッター(合計五個)を作製し、板厚八・五㎜の管ライニング材の表面に一定の回転数で駆動させたカッターを押し付けて切削を試みたところ、いずれのカッターも右管ライニング材を完全に貫通したことが確認されたというものである。
しかし、板の表面にカッターを押し付けて加工するという形態が本件特許発明の企図する管ライニング材の加工形態と異なることは、前記2と同様である。さらに、右実験においてはカッターの回転数が明らかでないが、仮に被告の主張するように高速でカッターを回転させたとすれば、管ライニング材が熱溶融を起こしてその結果加工が行われたとも考えられる。右実験では、平滑な金属板で構成されるカッターを用いた場合、いずれも比較的短時間のうちに被加工物である管ライニング材を貫通するという結果が得られていることから、カッターを高速回転させたのではないかという疑念を払拭できない。
そうすると、このような熱溶融による加工は、加工材に機械的な力を作用させてこれを局部的に破砕し、切りくずを出しながら加工を行うという前記切削の定義に当てはまらないから、この実験により単なる金属板の表面が右の意味での切削機能を有することが証明されたということはできない。
三 以上によれば、被告カッターの金属板外周面が切削面をなすものとは認められないから、被告カッターは、少なくとも本件特許発明の構成要件Aを満たさない。したがって、被告カッターは本件特許発明の技術的範囲に属しないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 和久田道雄 裁判官 田中孝一)
<以下省略>